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クラクラ日々是好日

#EAGLE FLY FREEのリーダーあしゅれのブログです。2016年10月20日結成。日常のこととクラクラの事を絡めながら色んな話をしようと思います。クランメンバー募集中です。(旧firedragonの掲示板)

03 2022

ある夏の日の朝

ある暑い夏の朝。

突き抜けるような青く澄んだ空とは対照的に
人混みの洗濯機とでも言うべき満員電車から
吐き出され、暗く沈んだ感情に苛まれて歩く
一人の男がいた。

大学受験が上手くいかず、
浪人生として予備校へ通うこの男は
同級生たちとの圧倒的な能力差に絶望し
持って生まれた才能の前には
なすすべがないのではないかと
鬱屈した感情を身にまとっていた。

勝負する前から結果なんかとっくに決まっていて
持って生まれた才能やその後の環境で形成されたもの
の前には抗うことは出来ないと思い込んでしまい、
いつも通りささくれだった態度で改札を出た。

普段はニュースやCMが流れているので特段気にしない
改札を出た先の大きなモニターの周りに人だかりが
できているのにその男は気づいた。
なんだろうと見てみるとサッカーの中継をやっていた。

どちらかと言うとサッカーという競技は嫌いで、
ボールは投げるもの、蹴るもんじゃない、と
バカにしてあんまり興味も持ってなかった。
なので、むしろ人だかり邪魔だなーって
思いながら素通りしようとした。

ちょうどその時、
日本の伊東とかいう選手が蹴ったボールが
転々とゴールに吸い込まれて行った。
相手はブラジル。
大喜びしている選手たちを見て思わず足を止めた。

自分とほとんど年の変わらない選手たちが、
周りから勝てないって決めつけられているのを跳ね返して
最後まで勝つんだって諦めずに頑張るその姿に
我を忘れてしばし呆然としてしまった。

ちょっと上手くいかなかったぐらいで自分で勝手に
能力差がーとか言って諦めて腐って絶望していじけてたのが
いかに情けないことか、気付かされた瞬間だった。

スポーツには力がある。
日本のサッカーには未来がある。
そしてもちろん自分にも未来がある。

そう思ったある夏の朝の出来事。

オチとしてはもっかい受験失敗してまた悶悶とする
四年間過ごすんやけどねw

じゃあ、またね。
23 2022

冷徹な夢物語

あしゅれです。

なにげなくネットを見ていたらミハエル・シューマッハの記事が
あってなつかしいなぁと思ってみていました。
シューマッハを思いだしたらシューマッハがデビューしたときの
マシンのことを思い出したのでそれを書こうとおもったのですが
よく考えたらすでに書いていたような気がしてきました。

なんどでも書きたいくらい
ジョーダン191、好きなんですよねぇ。
ちょっと視点を変えながら書いてみようと思います。

1991年F1に初参戦したジョーダングランプリチームが投入したのが
ジョーダン191というマシンです。
初参戦のチームなのに最先端の流行のデザインと古典的なデザインを
組み合わせたいいマシンでした。
最初に乗ったドライバーは若手の有望株ベルトラン・ガショーと
ムラっけはあるものの資金力もあるアンドレア・デ・チェザリスでした。

チェザリスもおもしろいドライバーで、はまると速いのですが
古舘伊知郎に「犬も歩けばチェザリスに当たる」といわれるぐらい
クラッシュ癖のあるドライバーでした。
しかし1991年に関してはケチで有名なチームオーナーから壊したら
罰金を言い渡されていたらしくおとなしくかつ速いドライバーでした。

若手有望株だったガショーが、タクシーの運転手とトラブルになり
護身用の催涙ガスを使った結果、逮捕されてしまいます。
急遽、代役が必要となったジョーダンチームはメルセデスが
育成していたとあるドライバーを採用します。
それがミハエルシューマッハでした。

いきなり予選で7位に入り、本戦はリタイアしたものの
それまで軽快な走りを見せたシューマッハはわずかこの1戦だけで
強豪チームのベネトンへと移籍していきます。
シューマッハが移籍したあと、2戦はトレードのような形で
もともとベネトンにいたロベルト・モレノというベテランドライバーが
ジョーダン191に搭乗しましたが、そのあとに乗ったのが
これまた有望若手のアレサンドロザナルディです。
彼は結果的にF1ではパッとしませんでしたが、
アレックスザナルディの名前でアメリカのカートで花開き
2度のチャンピオンを獲得しています。

この年のジョーダン191は5人のドライバーが乗りましたが、
二人が後にチャンピオンになり、一人はベストリザルトを残し、
もう一人は逮捕されちゃったもののその年のルマンで優勝しています。
残る一人は・・・シューマッハを無理やり引き抜いたベネトンに
契約破棄できずに押し付けられただけなので・・・

この年のジョーダングランプリチームをみるといろんなことを思います。
暴れん坊でも使いようによってはつかいものになるんだなぁとか
スゲーやつはほんの少しでもすげーってわかるんだなぁとか
スゲーやつを見抜ける人は見抜けるもんなんだなぁとか
予算がすくなくても戦う方法はあるんだなぁとか
災い転じて福となすはあきらめない人にしか起こらないことだなぁとか
いい人なだけでは生き残っていけないんだなぁとか
新しいことと古いことのミックスのバランスって大事だなぁとか
オーナーの熱量で普通ならできないことができるんだなかとか・・・

冷徹なビジネスとしても、青臭い夢物語としても
1991年のジョーダングランプリの物語は
本当に興味深いです。
興味のある人はこれを見てもらえたら。


んじゃ、また。

蛇足
ちなみにこの記事を書くにあたって調べたら
ザナルディってパラリンピックで金メダリストになってるんですね。
F1でもわりと荒い運転が多かったですが、カートで大クラッシュして
足を失ってしまったのは知ってました。
それでもへこたれず、ハンドサイクリングで金メダルを獲得したそうで。
で、さらに・・・ハンドサイクリングでも事故を起こして
また死にかかっていたそうで・・・・
スキー事故で意識を失ったまんまのシューマッハもそうですが、
スピードに魅せられると引退した後もスピードのその先が見たく
なるもんなんですかねぇ。
12 2022

どんすとっぷみーなう

あしゅれです。

何度か書いてますが昔からQUEENが好きです。
有名な曲はいろいろありますが、
「Don't Stop Me Now」という曲は
フレディマーキュリーが周りにごちゃごちゃ言われても
全力で楽しもうとする彼らしいなぁって思う代表曲のひとつです。


その中の歌詞でこういう歌詞があります。
「I'm burnin' through the sky, yeah
200 degrees
That's why they call me Mister Fahrenheit」
「ぼくは空をも飛ぶぐらい燃えてるぜ、200度で。
だから、みんながぼくを
ミスターファーレンハイトって呼ぶのさ」

ずっとこの200度って沸騰する100℃じゃなくて
その倍の200℃ぐらいスゲーんだぜってことだと
思ってました。
そして、ファーレンハイトさんて誰?とも思ってました。

この前、とあるラジオでこんな話をやっていました。
「日本は摂氏で温度を表現しますが、
アメリカでは華氏で温度を表現します。
摂氏はセルシウス氏が考案した基準なので
中国の漢字表記をもじって摂氏、
華氏はファーレンハイト氏が考案したので
中国の漢字表記をもじって華氏と言います。
アメリカで気温が100度って言われると日本人は
びっくりしますが摂氏になおすと39度ぐらいなんで
あり得るんです。」

あーーーーーーーーーーー!!!!
200度っていうのは200℃じゃなくて
200℉やったんか!?
200℉ってなん℃や?
93℃!!!
つまり200度っていうのは
俺は沸騰してるぜ、っていうことだったんだ!!

無知からくる思い込みって怖いなぁって
久しぶりに思い知らされました。
何年この思い込みをしていたかとおもうと
ぞっとしました。

余談になりますが、もう一つ合点が
行ったことがありました。
一時期、格安なんちゃってiPhoneとして
スマホ市場を席巻したファーウェイも
漢字で書くと「華為」だから
ファーレンハイト氏が華氏になるのかー。
昔、納得できなかったことも新しい知識が
入ることで納得できることもあります。

自分にとっては当たり前のことであっても
違う文化では当たり前じゃなかったり、
違う人だと当たり前じゃないことがあることを
常に頭に入れておかないととんでもない間違いを
犯してしまうことがあります。

クラクラでも自分にとっての当たり前が
誰しもの当たり前ではないことはたくさんあります。
そのあたりは肝に銘じておきます。

じゃ、またね。
30 2022

権力の源泉

あしゅれです。

小学生ぐらいの頃、
権力の源泉ってなんだろって
考えたことがありました。

なんでかって!?
5年生の時、学級崩壊したから。

私自身含めて担任の先生の言うことを
聞かない生徒がたくさんいてました。
6年の時に担任が変わり
ちゃんとみんなが指示に従うようになり
学級崩壊が収まりました。

その違いがどこにあるのかが
自分の中で上手く言語化できず
今でもモヤモヤしてます。

小学校の教室という限られた世界に
限って考えると、先生の権力の源泉は
なんでしょう?

①先生が通信簿をつけるから?
(人事権持ってるから?)
②先生に従えばいい結果になるから?
(利益があるから?)
③先生が好きだから?
(好きなものを守るため?)
④先生の暴力が怖いから?
(恐怖政治?)

だいたいこの4つかなぁ。
他にあればご教授を。

5年生の時のクラスの中心メンバーは
この4つが全て崩壊してました。
そう、全員では無いのです。
クラスのメンバーの大人しい人の中には
この先生が好きな人もいました。
そして先生はこの大人しい人たちを中心に
クラスを形成しようとした結果、
本格的な学級崩壊へと繋がりました。

権力の源泉は先生そのものではなく、
その先生が誰に支持されているか、
が案外大きな要因を持っているのかもしれません。
全員の支持ではなく、力のある取り巻きの支持を
いかに形成するか、が学級を保つ秘訣のように
私は思うようになりました。

実際、その前年の担任の先生は
すごく依怙贔屓のある先生でしたが、
クラスはよくまとまってました。
その翌年の担任の先生は学級崩壊の
原因となった生徒をまず最初に
抑えにかかりました。
それでちゃんと立ち直りました。

クランのもリーダー自身に権力の源泉が
あるのではなくて、
どういうサブリーダーという取り巻きを作るのか、
これが権力の源泉になるんだと思います。

小学校のクラスの中という子供のお話、
クラクラのクランというゲームの中のお話、
ではありますが、
そんなに社会の仕組みから
大きく外れてないように思います。

なので大きく振りかぶってみます。

選挙ってこの取り巻きを作るイベントです。
この目線でみれば各政党の話も
少しは面白いと思います。
そして、自分に利益があるようにするためには
自分が取り巻きの一員にならないとダメです。
少なくとも取り巻きの一員となりうることを
証明しないとダメです。
そのための行動が投票です。

期日前投票ならいつでも行けます。
自分のために選挙へ行きましょう。
あしゅれです。

自分の部下が何人かいて、
その中のできの悪い一人がやたら目について
厳しく指導したことがあります。
パワハラで訴えられたら間違いなく負けるレベルで。

じゃあ、その彼さえいなくなれば組織はハッピーに
なるのかってお話をしたいと思います。

実体験の話としてハッピーにはならなかったです。

その彼がいなくなったところで、
次のターゲットができるだけです。
たぶん、次のターゲットが抜けたら
また新しいターゲットが・・・

ある一定数の人間は、どこかしら敵を作るか
自分より下の攻撃していい弱者を
つくらないと落ち着かないようです。
すくなくとも当時の私はそのある一定数の
人間の中の一人でした。

最初のターゲットがいてる間は
その次のターゲットのできの悪さが
ちっとも気にならなかったのに
最初のターゲットが駆逐された後は
気になる気になる。

仕事をする上で一定レベルのルールがあって
それができないのは困ります。
絶対的基準をクリアできない人はできるように
なってもらわないと困るのですが、
相対的基準でみてしまうとターゲットは次々と
変わるだけで、結局誰もいなくなるまで
それが続いてしまいます。

さっきの私がターゲットにしてしまった人を転勤させたのち
その人が転勤先の上司のもとで一生懸命働いてはるのを見て
自分はあかんなぁって気づきました。
使えないのはその人やなくて、使えなかった私だなぁって。

確かに仕事の質としては高くないです。
でも全否定するレベルではないのも確かなんです。
自分のチームの中では低レベルの仕事の質でしたが、
排除するレベルではなく、うまく使えば戦力だったのを
自らの無能さで戦力外にしてしまいました。

人やその仕事ができていないと思い込んでしまうと
そういうレッテルを貼ってしまい、
いろんな間違いを犯してしまいます。
相対的にできるできないを判断すると
使える人材さえも失ってしまいます。
絶対的評価、
例えばこことここの基準をクリアしてくれたらOK
みたいな感じで判断できるようになれば
その人材は他より見劣りしていたとしても
大事にするべきだと今は思っています。

自分の部下に完璧超人がいたらいたでそれもしんどいです。
ちょっと劣っているぐらいがちょうどいいって
思える感じでいいのかなぁ、
劣っている所をみんなで補い合えるチームであれば
それが一番いいのかなぁと思う今日この頃です。

自分が仕事ができないと思ってしまった人を排除したところで
案外、チームも自分も幸せになることが少ないというお話でした。
もちろん、
無気力きわまりなしでなんとしても使えないやつとか
人の足をひっぱったりするいるだけで毒になるやつ
は即刻排除しないと駄目よ。